2016年4月12日火曜日

アイデンティティ危機の克服

実際、地方政府職員にその地方の由来、伝統芸能、コミュニティの社会規範などについて尋ねても、ほとんどの場合、答えが返ってこない。大きなセミナーなどのアトラクションとして演じられる踊りが伝統的なものなのか、現代風にアレンジされたものなのか、答えがない。出席者は「これがわれわれの伝統文化だ」と言うが、民族衣装を着ているからそうだと認識されているにすぎないような気がする。単なる見せ物のように思える。地方の名所・旧跡を訪ねても、その歴史や由来についての説明がない。農村では、若者が祖父母から地域の民話を聞くよりも、都市に出かけて買ってきたビデオやCDを鑑賞したり、インドネシア語に翻訳された日本のコミックを読んだりするほうが主流である。

南スラウェシの歴史や文化について地元の研究者が書いたものを見ると、海外の研究者の研究成果がよく引用されている。自らの地域文化に対する研究がこれまでいかに行なわれてこなかったかがわかる。中央からの画一的なトップダウンによる政策実施、それにともなう、コミュニティの崩壊傾向、地域文他の衰退傾向社いずれも、地域住民にとって「自分たちは何者か」をわかりにくくさせ、彼らのアイデンティティを失わせるほうへと導いていく。こうしたアイデンティティ危機を克服する方法として、彼らは先祖伝来の歴史や文化的特殊性をもう一度掘り起こしてたどり直すといった面倒なやり方よりも、誰にでもすぐわかりやすい宗教や種族といったものをアイデンティティと見なそうとする傾向があるようにみえる。