2015年12月11日金曜日

経営者の責任追及問題

この問題の解決策としては、根本的には郵貯民営化しがないであろうが、今の政治情勢ではそれが直ちに実現するとも思えない。相当な混乱を起こしながらも民間金融システムの改革をここまで進めた現在、最大の課題は公的金融制度の改革であるかもしれない。

金融機関の破綻は不愉快な出来事である。昨日まで大きな顔をして上座に座っていた銀行を、多額の税金を使ってまで救済するなど、とてもガマンできない。多くの時代劇で、最後は金貸しと役人が切って捨てられることになっているのは、特にわが国ではこの両業種が国民的不人気の対象であるからだろう。

そういう背景もあって、金融機関の破綻処理と厳しい責任追及とはどの国でも切り離せない問題となる。国会論議でも、「アメリカのS&Lの経営破綻に関しては二千人以上の刑事責任が追及されているのに、わが国では追及が手ぬるいのではないか」との質問が数多くあった。アメリカの大恐慌の後に設けられたペコラ委員会(上院銀行通貨委員会の中にペコラ元検事を中心に設けられ、銀行・証券会社の道義的に不正な行為、贈収賄・脱税などを糾弾した)と同様の委員会を設けるべしとの意見もあった。

アメリカにおいては、破綻金融機関の経営者などに対し、不正行為や重大な過失の存在を理由に、刑事上、民事上の厳格な責任追及がなされている。もともとアメリカの連邦刑法では、金融機関の経営者・従業員の行う詐欺的行為、横領などに対しては、一般人よりも厳しい罰則を適用している。その上さらに、八九年に成立した「金融機関改革救済執行法」などにより刑事、民事上の罰則、制裁金規定が強化された。

一方わが国においては、一般刑法により、詐欺・横領などに対する罰則は金融機関経営者も含めたすべての者に等しく適用される仕組みである。このあたりに、前に述べた金融システムにおいて性善説と性悪説のどちらを前提にするかの違いが反映されているように思う。