2013年3月30日土曜日

自分で引き伸ばす

しだいに闇に目が慣れてくると、蛍光時計の光がかすかに見えるようになります。現像を始て九分たったら暗緑色のランプをつけ、液の中からフィルムを取り出して現像の進み具合を見ます。乳白色のフィルムの上の銀がどのくらい黒くなったかを確かめ、いつ完了にするか判断します。この黒さが薄いとフラットな眠い(ぼんやりした)ネガ、黒過ぎるとコントラストの強い硬いネガになってしまいます。経験とカンが要求される作業です。真っ暗な中で、天プラをおいしく揚げるようなものです。

現像が終了したら、水で数回ジャブジャブしてから定着液に入れ、光が当たって黒くなった部分以外の銀を落とします。定着液に入れて二、三分たったところで、室内灯をつけます。そのまま十分ほど入れておいてから流水に移し、三十分以上水洗いをします。水洗いが完了したら湿らせた二枚の専用スポンジの間に軽く挟んで水分を拭き取り、乾燥機に吊します。乾いたら六コマずつに切ってネガケースに入れ、作業終了。この間、約一時間半はかかります。

次に引き伸ばし専用の紙暗室に入り、プリンターで一本ずつべ夕焼き(密着焼き)をとります。厚いガラス板の上に六コマずつに切った六本のフィルムを並べ、上に印画紙を置いて下から光を当てて露光させます。印画紙もフィルム同様、現像、定着、水洗い、乾燥の手順を経てから、四倍の拡大ルーペでのぞき、よく撮れているコマに印をつけていきます。

次は引き伸ばし。再び紙暗室に入り、引伸機にネガを入れて伸ばす大きさを決めます。ネガの濃い薄いによって使う印画紙が違ってきます。印画紙は、コントラストが軟らかいもの(1号)から普通(2号)、硬い(3号)まであり、濃いネガには軟らかい1号印画紙を、薄いネガには硬い3号印画紙を使ってやれば、いわゆる調子の整った美しいプリントができます。

印画紙の号数が決まったら引伸機のピントを合わせ、レンズの絞りを決め、イーゼルに印画紙を入れて露光させます。この露光時間がまたやっかいで、ネガの濃度、印画紙の号数、絞りの数値の三つを頭に叩き込んだ上で決めるのですが、これを一発で決められたら天才です。どんなネガからでも露光時間(数秒~十数秒)を言い当てられるようになるには、毎日引き伸ばしぽかりしていても最低、半年はかかります。それも暗室のドア越しに、まだかまだかの上司の怒声、罵声を浴びながらです。半年でマスターできたら、異例のスピード出世です。

プリント用の紙暗室は、常時、暗いオレンジ色のランプが点いていて、五メートル先の人の顔も十分に分かる明るさです。オレンジの光は、人間の目には見えますが、印画紙には感じません。露光された印画紙を現像液にすべり込ませると、真っ白い紙の上に徐々に像が浮かび上がってきます。初めてこれを見たときは、天地創造の瞬間に立ち合っているような気がしたものです。いまでもソクソクする瞬間です。

印画紙をいつ現像液から引き上げるか、これがまたむずかしい。白から黒への階調がきれいに整ったとき、七口で言うのは簡単ですが、この「とき」がなかなかI朝一タには会得できません。早く上げすぎると黒のはずがまだ灰色だったり、うっかりしていると全体が黒く沈んでしまうし、のんびり七ていると紙が茶色く変色してしまいます。露光と現像時間のバランスがうまく合って初めて、きれいなトーンの写真が誕生するのです。