とりわけ首相訓示の一節、「集団的自衛権の問題についても、国民の安全を第一義とし、いかなる場合が、憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な事例に即して、清々と研究を進めてまいります。」この言葉は、海外戦争への参加をタブーとしてきた憲法解釈に変更の意欲を表明したものと受けとめられる。自衛隊をはっきりと「アメリカとともに海外で戦う」方向に据えかえる政策転換といえる。とりもなおさず、それは。裏声で歌った”憲法改正宣言にほかならない。ここで、朝鮮戦争を契機とし「警察予備隊」創設にはじまる戦後日本の再武装過程を振りかえる。
警察予備隊本部、保安庁、防衛庁、防衛省にいたる名称の変遷は、半世紀あまりの歳月をかけながらじりじりと変身をとげてきた「日本再軍備」の、長い、折れ曲がった歴史をあらわしている。それはまた、「戦争を放棄した」日本国憲法第九条と現実政治のあいだに形づくられた建前と本音の急激な斜面が、なし崩しと既成事実化のつみかさねにより、法と現実の平衡感覚を完全に失わせるほど増大した事実をも示す。省移行にあらわにされた「下位法による憲法無視」の下剋上ぶりは、現実との乖離をただすなどという形容でつくろえるものでなく、法治主義の原則からしても異様というしかない。たとえ、この間に、日本の経済力と国際的地位が飛躍的に力を増したことや、冷戦後、周辺地域に生じた安全保障環境の移り変りといった事情を考慮に入れたとしてもである。
まして、かたわらに最高法規としての憲法が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」「国の交戦権は、これを認めない」と明示して、なお現存していることを思えば、法の威信低下は、社会全体の荒廃につながるものといえる。発足の日の曇りなき空によって、防衛省・自衛隊が、憲法のもとぶ日天白日の存在として受け入れられたとは、だから、けっしていえない。いぜんとして。太陽に顔をそむけた”誕生であったとすべきだろう。安倍首相が式典で述べた「戦後レジームからの脱却」という時代の区切りは、一九五五年、保守合同(いわゆる五十五年体制)=自民党結党時になされた「自主憲法・自主防衛」官言、また八二年、中曽根康弘首相が打ち出した「戦後政治の総決算」官言とあわせ、自民党防衛政策における三つ目の大きな転換宣言と受けとめられる。
首相は宿願達成の満足感に満たされたことだろう。それとともに、新設された「海外任務」公式認知と、それにつづく「集団的自衛権容認」の方向とむすんで、さらなる変身への決意も自覚されていよう。首相が二〇〇七年四月の訪米に先だち発足させた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長の柳井俊二前駐米大使の名をとって「柳井懇談会」とよばれる)は、集団的自衛権解禁への地ならしである。省移行をバネに、このあと自衛隊の変容は、「戦時と戦地」へ向かってまっすぐ突き進んでいくにちがいない。すなわち、海外派兵の手続きの変更-従来とってきた時限立法制定(テロ特措法やイラク特措法など「特別措置法」の方式)によらず、いつでも発動できる「恒久法」(一般法)の立法へと進むだろう。
2014年9月11日木曜日
『隠れ借金』によるその場しのぎ
「社説」の批判は正論である。だが実は、防衛費の対前年度伸び率は低下しているものの、歳出額は削減をみていないどころか増加している。その基本的理由は、九〇年度予算以来どっしりと防衛予算に重きを占めている後年度負担(国庫債務負担行為の歳出化と継続費支出)にある。定員削減による人件費・糧食費に大ナタを振るうことは当然として、国庫債務負担行為に根本からの見直しをはからないかぎり、防衛予算の硬直性は直されることはないだろう。
防衛予算に立ち入ったのは、国庫債務負担行為限度額の約半分が、防衛費の限度額であるためである。したがって、防衛予算の硬直性は、とりもなおさず一般会計の硬直性を意味している。建設・赤字国債の発行と累積、それによる国債費の増加だけが問題なのではない。国庫債務負担行為を特定政策領域の財源調達手段とすることによって、予算の弾力性は一段と失われているのである。
国債の発行や国庫債務負担行為などの「表に出ている借金」とは別に、一般会計の歳入のやりくりのために、特別会計からの借入れ、法定されている基金等への歳出の停止、本来払うべき債務の先送りなど、さまざまな財源確保のテクニ″クが用いられている。これらのテクニックによって生じる債務は、一般に「隠れ借金」とよばれる。
一九九五年度予算における「隠れ借金」の実態については、すでに第一章において触れた。そこでも述べたように、法律上歳出が義務づけられている厚生年金特別会計や雇用保険特別会計への国庫負担金の繰り延べ、国債整理基金への繰入停止、一般会計の債務の返済先送りなどの複雑な操作が行われている。当年度の歳入を確保するために、歳出の先送りを行おうとも、それらは一般会計の債務として累積し、いずれ返済の措置をとらなくてはならない。この意味で、こうしたテクニックによるその場しのぎの措置は、政府の借金となって、新たな課題に対応した政策展開を制約する。
大蔵官僚は、「赤字国債は、いったん出すと歯止めがかからない。制度的にも金額的にも制約のある『隠れ借金』方式の方がましである」と語るが、それは論弁といわざるをえない。赤字国債であれ建設国債であれ、国債は発行額が明示されており、国民には分かりやすい。だが、「隠れ借金」は、大蔵大臣にすら「理解不可能」といわしめるほど、複雑な会計操作であって、その統制がきわめて難しい。赤字国債の発行に「歯止め」がかかるかどうかは、政治の能力の問題であり、「歯止め」論は「隠れ借金」を正当化する論理とはならない。
防衛予算に立ち入ったのは、国庫債務負担行為限度額の約半分が、防衛費の限度額であるためである。したがって、防衛予算の硬直性は、とりもなおさず一般会計の硬直性を意味している。建設・赤字国債の発行と累積、それによる国債費の増加だけが問題なのではない。国庫債務負担行為を特定政策領域の財源調達手段とすることによって、予算の弾力性は一段と失われているのである。
国債の発行や国庫債務負担行為などの「表に出ている借金」とは別に、一般会計の歳入のやりくりのために、特別会計からの借入れ、法定されている基金等への歳出の停止、本来払うべき債務の先送りなど、さまざまな財源確保のテクニ″クが用いられている。これらのテクニックによって生じる債務は、一般に「隠れ借金」とよばれる。
一九九五年度予算における「隠れ借金」の実態については、すでに第一章において触れた。そこでも述べたように、法律上歳出が義務づけられている厚生年金特別会計や雇用保険特別会計への国庫負担金の繰り延べ、国債整理基金への繰入停止、一般会計の債務の返済先送りなどの複雑な操作が行われている。当年度の歳入を確保するために、歳出の先送りを行おうとも、それらは一般会計の債務として累積し、いずれ返済の措置をとらなくてはならない。この意味で、こうしたテクニックによるその場しのぎの措置は、政府の借金となって、新たな課題に対応した政策展開を制約する。
大蔵官僚は、「赤字国債は、いったん出すと歯止めがかからない。制度的にも金額的にも制約のある『隠れ借金』方式の方がましである」と語るが、それは論弁といわざるをえない。赤字国債であれ建設国債であれ、国債は発行額が明示されており、国民には分かりやすい。だが、「隠れ借金」は、大蔵大臣にすら「理解不可能」といわしめるほど、複雑な会計操作であって、その統制がきわめて難しい。赤字国債の発行に「歯止め」がかかるかどうかは、政治の能力の問題であり、「歯止め」論は「隠れ借金」を正当化する論理とはならない。
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